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2013年3月 7日 (木)

「ふたつの講演 戦後思想の射程について」(加藤典洋著・岩波書店)

41soqnbgzl_sl500_aa300_ 報告者・所英明
著者は文芸評論と共に、ある種、戦後批評(?)のようなものに長くかかわってきた。1990年代には「敗戦後論」で賛否両論を呼ぶ。1991年(ソ連崩壊)、2001年(同時多発テロ)、2011年(東日本大震災)と前世紀末から今世紀初頭に起きた大きな出来事を経て、いま、「戦後」の持つ意味と、この社会の有り様が、大きく変化するのを感じて、その内容を素描する二つの講演として昨年話した。
それが本になっています。
著者は、1985年、「『戦後』には一度死んで欲しい、そうでなければ、受け取れない」と新聞紙上の座談会で発言し、物議を醸します。戦後40年の時点で、「戦後」思想の継承と言う問題を、伝える側の問題から、受け取る側のイニシアチブの問題として再定義することの必要性にいち早く言及したのでした。それからさらに30年近くたち、「戦争と戦後」という枠組み自体が立脚点を失う、というところまで来ている。「戦後」自体が体験されるものではなく、学ぶものになっている。加藤さん自身も、「受け取る」側から、戦後を「伝える」側になっていた。するとその先どうなるのか。
時代は「戦後」から遠く離れて、戦後を超える思想を必要とする時点まで来てしまった。今から振り返ると、1991年以降、世界は新しい時代に入ったのだ。
そして、2011年の原発事故を未曾有の産業災害としてとらえた時、加藤さんは自分が原発の問題をしっかりと考えては来なかったことに思い至ります。その結果、今まで考えてこなかった問題、に立ち止まらざるを得ないことに気がつきます。いままで、自分は戦争の死者との関係、というような過去とのしっかりとした関係、というところから考えてきた。実は、今回の原発事故は、過去との関係ではなく、未来の子供たちに、弁済しようもないほどの重荷を持たせてしまう、というような形で、未来への責任の問題として現れてきた。
それは、単に当事者としての東電や国の責任を追及する(当然それは必要なことですが)だけで済むものではない、というところにその新しい性格が顔を出している。実は、どれほどの被害なのか、だれもはっきりとは分からない。ただ、目の前に巨大な、大きすぎて視野に入らない程の穴ぼこが空いている。誰もそれを直視できないほどの穴ぼこが。
問題は、それが20年間で200兆円などと一部で言われるような、途方もないもので、通常の社会保障のシステムから逸脱するような性格を現していることにある。端的には、保険会社が、福島原発の掛け金を上げる(通常はそういう話でなければならない)、と言う代わりに、請け負うことは出来ない、と言ったことに現れている。自然や人的社会の無限性を前提として発達してきた産業社会のシステムが、内在的な限界に突き当たり始めていることの兆しがはっきりとしてきた、そういう問題なのではないか。世界の無限性から世界の有限性へ。一端何かあれば、誰も責任を取れない、そういうリスクを持つ社会の到来。
その指摘は、1960年代頃よりあったのだが、それは言わば社会の外側からいわれるような形でしか、届かなかったものが、今回はまさに産業の構造の中から有限性の問題に突き当たったのだ。
すると、問題はこうなる。この世界の有限性に正面から向き合い、それでも未来に希望を持つことができるような思想を如何に立ち上げることができるのか。いま、そのゼロ地点に立っている、そこから考え始めるほかないのではないか。
かなり大ざっぱに翻案すれば、加藤さんの言っていることは以上のようなことだと思われます。

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